私がハーモニー拗らせるきっかけになった話
- mIf
- 2023年2月26日
- 読了時間: 3分

中学生の頃のピアノの先生(クラシック)とのやりとりで印象的なエピソードがあります。
ある日、先生がこう言いました。
「外国人ピアニストって、ハーモニーの弾き方・感じ方が日本人とはまるで違うのよね。日本人には真似できないわ」
・・・私はそれを聴いてムカついて、
「日本人って理由で美しくハーモニーが弾けないなら、ピアノなんか練習する意味ないと思います」
と答えた。
生意気ですよね。笑
それに対して先生は
「そんな風に思うならもうピアノなんて弾かなくていいわ!」
とおっしゃいました。
気まずい空気のあと、何となくレッスンは再開しました。
今になって思い返すと、先生が言いたかったのはたぶん、
「自分たちの血に入っていない他国の音楽をやっている自覚を持って、謙虚にいるべき」ってことだったのだろうと思います。
でも当時ガキの私には、できない理由をまるで人種のせいにしているように聞こえてしまったのです。
しかも人種は一生変わらない。
ってことは、それが真実なら今後も一生うまく弾けないってことじゃん。
そんなのアリ???
謙虚になったりへりくだったりする前に、もっとできることがあるんじゃないか。
本当に出来ないのか、知識や技術を身につけ、努力をしてから言うべきじゃないか。
ってことを、私は言いたかったのだと思います。
例えば
・和音の機能(文法)を理解するための勉強をする。
・自分の演奏する曲を分析し、自分なりの「魅力的な弾き方」を探る。
・素晴らしい演奏家がどのように弾いているか、よく聴いてマネしてみる。
今なら方法がわかるけど、当時は具体的に言うことができなくてもどかしかった。
そして当時のピアノの先生は、そんな勉強や分析はほとんどしたことのない人だった。
(私の先生が悪いわけじゃなく、町で見かける「一般的なピアノの先生」の多くは和声や分析を苦手としていることが多いです。)
私は幼い頃から作曲や即興を通して人一倍和声に興味があるにも関わらず、 ピアノを習っているだけでは求めてるものが得られない。何を勉強すればいいのかわからない。
悶々としていた頃だったのです。
そんな折に、さらに和音に対するこだわり(執着?)を深めることになった会話の思い出でした。
後に運命的にある作曲家に出会い、無償で彼のレッスンを受けさせてもらえることになるのですが、
その話はまた今度。
ちなみに当時のピアノの先生は本当に良い方で、お金がなくて進学すら危うかった私に絶対に「音大に行くべきだ」と道筋をつけてくれた恩人です。
今でも第2の母親のように思っています。
そんなわけで。
一朝一夕ではない子供の頃からの根深いこだわりと執念が、今日の私の作品のハーモニーに反映されているのです。
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